2013年2月12日火曜日

笠間でフィンランド陶磁器を堪能する〜アラビア窯展(茨城県陶芸美術館)


茨城県、笠間市の笠間芸術の森公園にある、茨城県陶芸美術館で、アラビア窯—フィンランドのモダンデザイン、という展覧会が開催された。

笠間市を訪れるのは初めてだった。東京から電車でおよそ2時間。笠間焼の里で、遠い北欧、フィンランドの陶器を味わえるとは、なんとも贅沢な展覧会だ。

訪れた時が、2月の3連休ということもあり、美術館のある笠間芸術の森公園では、いくつかのイベントも開催されていて、多くの家族連れが訪れていた。

その人並みを縫うようにして、展示会場に向かう。


展示品のほとんどは、岐阜県現代陶芸美術館のコレクション。およそ、100点程の、20世紀初頭から今日までの作品が、整然と展示されていた。

ヘルシンキ郊外のアラビア地区で、アラビア窯が創業したのは、まだフィンランドがロシア帝国の一部だった、1873年のこと。そのシンプルなデザインは、ヨーロッパ各地で開催されていた万国博覧会において、高い評価を受け、その存在は、次第に世界で知られるようになった。

折しも、フィンランドの地において、ナショナリズムの運動が高まっていた時期だった。フィンランドは1917年にロシアからの独立を果たし、アラビア窯はフィンランドを代表する陶磁器メーカーとなる。

展示品の中では、やはり、カイ・フランクがデザインした『キルタ』シリーズの存在感が群を抜いていた。余計なものをすべて削ぎ落としたシンプルなそのデザインは、北欧デザインの象徴でもある。

カイ・フランクは、1945年にアラビア窯のデザイナーとなり、アラビア窯を世界的な陶磁器メーカーに押し上げた。その後、イッタラ社でガラスのデザイナーにもなった。ちなみに、アラビア窯は、現在ではイッタラ社のグループ企業になっている。

カイ・フランクは、”日本文化の研究者”といわれるほど、日本の文化に精通していたという。そういわれてみれば、そのシンプルなデザインは、日本の禅の精神を連想させる。

そのカイ・フランクのシンプルさとは対局にあるデザインを生み出したのは、
ビルガー・カイピアイネン。一本の木に、オリーブやブドウなどがなっている、そのやわらく、鮮やかなデザインは、その皿にならべる食材を、より美味しそうに感じさせる。

展示品は、そうしたカイ・フランク系のシンプルでモダンなもの、カイピアイネン系の華やかなイラストの描かれたもの、そして、伝統的なコーヒーセットのようなもので構成されていた。

一方、茨城県陶芸美術館の常設展示場には、笠間焼のみならず、萩、備前、志野などの焼き物が展示されており、全国の陶器の特徴を知ることができる。


笠間芸術の森公園には、笠間焼を日本有数の陶器の産地に育て上げた、田中友三郎を記念する碑が建てられていた。田中は幕末に美濃の地に生まれた陶器商だったが、笠間焼の質の良さに注目し、窯を買い取り、明治後の東京の品評会で何度も受賞するまでに、笠間焼を育て上げたという。

これまで全く知らなかった、その田中友三郎という人物の生涯は、心に深い印象を刻んだ。

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