東京国立近代美術館の開館50周年を記念する展覧会。
その斬新な展覧会名で、新聞やテレビ、雑誌でかなり大々的に紹介されている。
この展覧会にあわせて、館内もリニューアルされ、そのお披露目でもある。
1階から4階までのすべての展示スペースを使い、洋画、日本画、彫刻などが展示されていた。ほとんどは明治以降の日本人の作家の作品だが、一部、クレー、ピカソなど、海外の作家の作品を紹介するコーナーもあった。
それにしても、4階すべてのコーナーを回るには、それなりにエネルギーがいる。じっくりと見て回るには、丸1日が必要になるだろう。
ほとんどの人は、ぶらぶらと館内を巡りながら、時折目についた作品の前で立ち止まる、といった鑑賞の仕方になる。
あまりにも、事前にメディアで影響されていたせいか、それらで紹介されていた作品を、実物で確認する、といった感じになる。
そんな不思議な雰囲気の中で、一番印象に残った作品は、エコール・ド・パリの画家として有名な藤田嗣治が描いた二枚の戦争画だった。
サイパン島同胞臣節を全うす、アッツ島玉砕、の二枚。
レオナール藤田の白はなく、陰鬱な暗い色が画面を支配している。そこに描かれているのは、死、死、死ばかり。
パリで華々しく活躍していた画家が、お国のために従軍記者となり、これらの作品を描いた。
画風、技法といったことよりも、何よりも、その描かれているテーマが私を圧倒した。この絵画を、何の価値観もなしに鑑賞することは、私にはできなかった。
藤田も、この絵を描くにあたり、それまで自分が描いた対象とは、全く違う気持ちで、向かい合ったに違いない。
藤田は、そうした状況に果敢に抵抗した痕跡を残している。死にいく人々の配置、そのポーズなどに、ゴーギャン、ピカソ、ドラクロワなどの要素を見て取れる。
しかし、どうみても、この絵では、テーマの方が、画家を、明らかに上回っている。
会場の外には、インドの建築家集団、スタジオムンバイの作品が展示されていた。建物の中に入ることも出来る。
1階のスペースは、実験場1950s、と題され、収蔵作品を中心に、東京国立近代美術館が開館した1950年代にフォーカスした展示内容だった。
原爆、国土の復興、都市や科学技術の発展、古代の発見、労働運動などの社会運動などをテーマにした作品が展示されていた。
木村伊兵衛が撮影した、今は消えてしまったかつての日本の風景が、印象深かった。
残念ながら、この展覧会では、”ぶるっ”とした感情を味わうことはできなかったが、この100年のあいだに、日本の作家が、何を描き、残してきたのか、ということを見ることができた。
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