2012年10月25日木曜日

遠くて近い国インドの美術


ホテルオークラの隣にある、大倉集古館は、時々、渋い展覧会を開催する。日印国交樹立60周年を記念して開かれた、『インドへの道 美術が繋いだ日本と印度』は、派手さはないが、インドという国について、新しい視点を与えてくれた。

多くの日本人にとっては、インドは近くて遠い国だ。隣の中国については、例えば歴史好きの人なら、歴代の王朝について、それなりの知識を持っている。

しかし、インドの歴史となると、仏教を保護したクシャナ朝や、近代のムガール朝ぐらいは知っていても、それ以外の王朝の名前は、なかなか出てこない。

会場には、日本には馴染みのない、10〜12世紀のパーラ朝の仏像や、13世紀のチョーラ朝の時代のヒンドゥー教のシバ神の像などが展示されていた。

パーラ朝は、日本ではあまり知られていないが、ベンガル地方に興った王朝で、仏教を深く信仰していた。日本ではメジャーではない、多羅菩薩の座像が何体も展示されていた。

この多羅菩薩とは、女性の菩薩で、インドや特にチベットではよく知られている。そのポーズはほとんど同じで、胡座をかいて座っており、右手の手のひらを上に向け、膝あたりにのせている。実に印象的なポーズだ。

ペルシャの影響の元に生まれたインドの細密画。ムガール朝の王や美しい王女、貴族達を描いたものが多かった。文字通り、細い筆先で、鮮やかな色使いで描かれており、1枚1枚に、思わず眼を近づけて、時間を忘れて、見入ってしまう。

インド繋がりということで、南宋の時代に、中国で出版された、『孫悟空』のネタ本になったといわれている『大唐三蔵取経詩話』という本が展示されていた。

これは、明恵上人で有名な、高山寺のもとに長くあった本だが、中国では、その後の戦乱などもあり、今では一冊も残っていないという。

展示コーナーの最後には、今村紫紅のインド旅行のスケッチ、下村観山の『維摩黙然』が展示されていた。

明治維新を迎えた日本では、岡倉天心らが、インドの詩人タゴールらと交流するなど、インドと日本がとても近づいた時期があった。

それからおよそ100年。日印国交樹立60周年を迎えて、インドと日本は、再び近づくチャンスを迎えているような気がする。

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