2012年10月14日日曜日

リヒテンシュタインからバロックの世界がやってきた


リヒテンシュタインは、スイスとオーストリアの国境に位置し、小豆島ほどの広さに、30,000人ほどの人が暮らす、小さな立憲君主国。1719年に神聖ローマ帝国から自治権を与えられ、その後、神聖ローマ帝国の崩壊とともに独立国になった。

歴代の公爵が、代々収集してきた美術コレクションは、ヨーロッパ屈指のコレクションとして知られていたが、第二次大戦後は、最近まで、外部に公開されることは無かったという。

日本で初めての公開となった今回の展覧会の最大の目玉は、ルーベンスの作品。30点ほど所蔵するという作品のうち、10点が展示されていた。

会場の一番奥のスペースは、まさしく”ルーベンスの部屋”だった。

小さなものでは、縦40cm横30cmの自分の娘を描いた『クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像』から、大きなものでは、縦3m横4mの『占いの結果を問うデキウス・ムス—デキウス・ムスの連作より』まで、テーマで言えば、『キリスト哀悼』のキリスト像から、イタリアを訪れた際に描いたカラバッジオ風の絵、動物の絵などに至るまで、いろいろなパターンのルーベンス作品が楽しめた。

特に、壁の四方を取り囲むように展示された、2m〜4m級の巨大な絵画を見せられると、ルーベンスという個人の作品というより、ルーベンス工房の作品という印象が強く、画家としてのルーベンスの偉大さは確かだが、さらに工房を経営する能力や、そうした仕事と同時に、外交官としても活躍していたということに、改めてこの人物の”巨大さ”を実感した。

この展覧会で、ルーベンスと並ぶ、もうひとつの目玉が”バロックの間”。フェルツベルグ城の豪華な室内を、様々なバロックの作品で再現した、大きな広間が展覧会場の一角に作られていた。

絵画は勿論のこと、タペストリー、彫刻、机、イス、チェスト、中国や日本の磁器など、バロック時代の作品が、その広間にサロンを再現するかのように展示されている様子は、圧巻だった。

ヨーロッパのリヒテンシュタインから、アジアの片隅に、バロックの世界がやってきた、とでもいう印象だろうか。

バロック期以外でも、ところどころに、眼を引く作品が展示されていた。

若い頃のラファエロの『男の肖像』。明らかに、レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』に影響された作品。一人の若い男の半身の肖像画、背景に、遠景の風景画描かれている。

クリストファーノ・アッローリの『ホロフェルネスの首を持つユディット』。美しい女性が、刀を片手に、もう片方の手に、血が滴る男の首を持つ、というポピュラーな構図。17世紀のフィレンツェの画家による作品。いわゆる”怖い絵”だ。

そのユディットの表情が、なぜか、女優の沢尻エリカにそっくりで、そのことが、この絵画を、更に怖い絵にしている。

ピーテル・ブリューゲルの『死の勝利』、『ベツレヘムの人口調査』の絵を見つけた時は、思わず声を失ったが、よくよく見ると、ぞれぞれが、息子のヤン・ブリューゲル2世、ピーテル・ブリューゲル2世による模写。

しかし、よっぽどの専門家でもなければ、それが本物かどうかの判断は難しいだろう。と思えるほど、実に細かい部分までが、忠実に模写されている。中心が無く、多くの人物が細かい筆使いで描かれ、それぞれのシーンが、時に滑稽で、時に不思議。ブリューゲルの絵画の前では、時間がたつのを忘れてしまう。

私の大好きな画家、エリザベート・ヴィジェ=ルブランのリヒテンシュタイン公爵夫人を描いた肖像画。婦人が素足で、風に乗って空を飛んでいるという幻想的な作品。

ルブランは、フランス革命の混乱を避け、パリを離れ、ウィーンに逃れてきた時にこの絵画を描いた。婦人が文字通り天使のように見え、この絵を描いたというが、関係者は、夫人が素足で描かれていることに、大きなショックを受けたという。

ビーダーマイヤー様式の画家の一人、フリードリヒ・フォン・アメリングによる『夢に浸って』。一人の少女が、本を読んで、本の中の夢の世界に浸っている、その表情を、少女の可憐さとともに、見事に表現した一枚。

この展覧会の面白さは、絵画だけではなく、工芸作品も展示されていたことだった。

中でも白眉は、マティアス・ラウフミラーのよる象牙で作られた『豪華なジョッキ』。17世紀の作品で、サビニの女の略奪を、ジョッキ上に表現した作品。とにかく、その細かい象牙の彫刻に眼を奪われる。取っ手の部分にまで、植物の蔓やヘビなどが彫られていて、とても、このジョッキでビールを飲む気にはなれそうもない。

また、色とりどりの石を使った象嵌のチェスト。細かい石を組み合わせて、美しい風景画を作り出している。こちらも17世紀の作品で、いずれも、バロック芸術を代表する作品。

いやあ、とにかく、こってりとした、濃いソースの、ヨーロッパの料理を、たらふく味わった、という印象の展覧会。ごちそうさまでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿