2012年7月14日土曜日

オランダ絵画の精髄 マウリッツハイス美術館展


長い間、改装のために休館していた東京都美術館が、いよいよリニューアルオープン。その第1弾の企画展は、オランダの王立絵画館であるマウリッツハイス美術館展だった。

同じ時期に、新国立美術館でエルミタージュ美術館展が、同じ上野の国立西洋美術館でベルリン美術館展が開催されていた。そのいずれもが、ルネッサンスから現代に渡る西洋美術史のほぼ全体をテーマにしていたのに比べ、このマウリッツハイス美術館展は、17世紀のオランダ絵画のみをテーマにしていた。

しかし、範囲は狭いが、その内容の充実度は、他の2つの展覧会に決して引けを取っていない。ルーベンス、レンブラント、フェルメール、ヤン・ブリューゲル、ヴァン・ダイクらの錚々たる名品で構成されていた。

中でも、フェルメールの「真珠の耳飾りの女」の出展が大きな話題になっていた。展示スペースも他の絵画とは別格で専用ルームが用意された。

見学者は、部屋の入り口で、歩きながら近くでこの絵画を見るか、少し離れた場所で、じっくりこの絵を見るかの選択を迫られる。近くで見る人たちは、長い行列に並ばされ、少しづつ歩きながら、この絵を目にする。少しでも、立ち止まろうものなら、”立ち止まらないように、ご協力をお願いします”と係員から、歩行を促される。

フェルメールは、もう一つの作品が展示されていた。「ディアナとニンフたち」。フェルメールが画家のギルドに入った1653年頃に書かれたと考えられている。いわゆる、フェルメールらしい、室内で光が左から当たっている、というタイプの絵ではなく、歴史画と言われる古典的な内容の作品。文字通り、ディアナとニンフたちの5人の人物と、1匹の犬が描かれている。フェルメールの絵と言わなければ、誰も注目しないような絵画だ。

展覧会は、6つのパートから成り立っていた。美術館の歴史、風景画、歴史画、肖像画、静物画、風俗画。まさに、オランダ絵画の代表的なジャンルを、最高レベルの作品で味わうことができる構成だった。

風景画では、ライスダールの2つの作品、「漂白場のあるハールレムの風景」と「ベントハイム城の展望」が、見応えがあった。ライスダールの細かい筆さばきが、オランダの独特な空気感を見事に再現している。

歴史画では、ルーベンスの、有名なアントワープ大聖堂の聖母被昇天の下絵が印象に残った。『フランダースの犬』で、画家を目指しながら、主人公のネロが、志半ばにして死を向かえるにあたり、最後に目にすることを望んだのが、この大聖堂の絵画だった。

その他にも、レンブラントの「スザンナ」と「シメオンの讃歌」という作品が展示されていた。「シメオンの讃歌」は、レンブラントの初期の作品で、細かい筆さばきが見事に発揮されている。

肖像画のコーナーが、この展覧会全体の中でのハイライトだろう。先に紹介したフェルメール以外にも、興味深い作品が満載のコーナーだった。

フランツ・ハルスというと、早いタッチの人物画を得意として、笑顔などの躍動的な表現で有名だが、「ヤーコプ・オリーカンの肖像」とその妻の肖像では、全く別な様式で描かれている。

早いタッチは息をひそめ、レースの細かい模様が、細かい筆使いで丹念に描かれている。ハルスの職人画家としての、その技量の幅の広さを証明した、印象の深い作品だった。同じ形式で、ヴァン・ダイクによる夫婦の肖像画があり、むしろ、ダイクの作品の方が、粗いタッチである、という印象を与えていた。

そして、レンブラントが死の2年前にあたる1669年に描いた「自画像」。絵の前に立つと、本当の一人の人物を目の前にしているような、不思議な感覚に襲われた。

目の前にあるそれが、2次元のキャンパスに描かれた絵画であるということは、頭の中ではわかっているのだが、絵画の中のその年老いた男の瞳を見つめると、その瞳が私に語りかけてくる。

このような気分を味わったことは、私にとっては初めての経験だったので、少なからず、動揺を覚えたが、とにかく、このレンブラントという17世紀のオランダ人画家が到達した極地が、この絵画に表現されていることに、改めて、深い感動を覚えた。

静物画は、それを描く画家の技術を図ることができる絶好の基準だ。ガラスの器、銀の皿、皮を剥かれたレモン。そうした、定番の対象の描き方で、その画家の技術レベルを判断することができる。

ヴィレム・ヘーダの「ワイングラスと懐中時計のある静物」には、焼き魚、という珍しく、日本人にとっては馴染みの題材が描かれていて、眼を引いた。焼き魚のこげた部分が、本当に上手に描かれていて、ヘーダの技術の確かさが窺える。

最後の風俗画のコーナーでは、ヤン・ステーン、デル・ホーホ、テル・ボルフらの代表的な画家たちの中で、私の眼を引いたのは、ヘリット・フォン・ホントホルストの「ヴァイオリン弾き」という作品だった。

ホントホルストは、イタリアに絵画を学び、特にカラバッジオの技法を学び、オランダに持ち帰った。その絵は、まさに、”カラバッジオ風”だった。

カラバッジオの光と影を使った劇的な表現方法は、その後の絵画に歴史に圧倒的な影響を与えた。ルーベンス、ベラスケス、レンブラントらも、カラバッジオに大きな影響を受けている。

この展覧会に展示された作品数は、48。決して多い数ではない。しかし、その内容の密度の濃さは、そうした作品数の少なさを、忘れさせるほど、印象の深いものだった。これぞ、オランダ絵画の精髄、という内容の展覧会であった。

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